夫婦再生中~引き寄せの法則を学んで自分らしく生きる~

離婚危機から引き寄せの法則を学び、自分らしさを取り戻す記録

堅実に生きてきた自分を振り返る①~堅実に生きるために医療職を選ぶ~

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前々回自分が離婚危機を招いた深層心理の記事のなかで「堅実に生きたかった自分」の話を書きました。

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これを掘り下げて自分がどれだけ堅実に生きてきたかを振り返っていこうと思います。

前回の記事で両親の影響もありめちゃくちゃ堅実な人生を歩んできた私について書いてきました。

じゃあ具体的にどんな堅実な人生を歩んできたかという話です。

 

堅実に生きるために今の仕事を選ぶ

今の仕事を選んだのは、資格を取って就職して安定した生活を送るため。

自由になりたくて大学に行きたかったけど「大学に行くなら部活やめて勉強しろ」と親に言われ部活をやめたくないので路線を変更。

親が介護職だったこともあり医療職の資格を取るため専門学校に行くことにし、今この仕事をしています。

看護師はだけは「人が目の前でなくなるの無理ー」とおもったのと、親が堅実に生きるためにとわたしに押し付けようとしたので断固拒否しました。

堅実に生きてほしい両親の元から離れ遊び歩く日々。

そんな中で今の主人と出会い、付き合うことに。

お互い19歳の時でした。

国家試験に合格できなかったら両親から勘当されてしまうとおもったのと不合格は恥ずかしいことだと思い必死に勉強しました。

そして無事に合格することができたのです。

 

入職したけどいじめにあう日々

無事に専門学校を卒業し、当時彼氏だった今の旦那と田舎で一緒に就職しました。

最初の上司はとても厳しくしかも日によっていうことがまちまち。

矛盾だらけの指導、単身赴任だったらしく同期の子と不倫。

その子ばかりひいきされ、自分は怒られる毎日。

人手不足で新人時代から残業の日々。

そして残業が終わると待っているのは説教。

休みの日に家にこもってずっと泣いた日もありました。

あまりにもひどい状況に主人やドクターが支えてくださり何とか頑張っていました。

仕事はずっとやめたかったけど親に申し訳なくて、また今やめたらもうこの仕事はできないといじめに耐え、セクハラに耐えずっと頑張ってきたのです。

そして3年がたつ頃、我慢して頑張ったおかげで上司もドクターも私のことを認めてくれるようになり「我慢して頑張ればうまくいくんだ」という思いを抱くようになっていったのでした。

 

そのころ、兄弟の中でも一番堅実に生き、家族のために必死で働いてきた父が過労から癌になり55歳の若さでこの世を去ったのです。

うまくいってなかった頃に父の病気が発覚。なおさらやめたいなんて言えなかったのでした。

 

つづく。

 

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